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ものの見方

 

小林英樹

 

 

第5週目の日曜日がやってまいりました。

どうも、小林英樹です。

 

今年最初の第5日曜ですので、あらためて説明させていただきますと、普段はこの場は、毎月第2週目の日曜に齋藤氏による月刊コラムをお届けしている場であることは皆さんもご存じかと思います。

その月刊コラムの場をお借りして、年に数回、その月の中に第5週目の日曜日があるときに、僕が文章をお届けさせていただいております。

 

そんな訳で、今回は僕が筆をとらせていただきますので、どうぞよろしくお願いします♪

今回は、僕の「ものの見方」について書いてみましょうかね。

 

ではさっそく。

大きく分けて、ものの見方というのは2つに分類されると思います。

1つは、自分にはこう見える、自分はこう思う等に代表される「主観」というものの見方です。

2つめは、みんなからはこう見える、みんながこう言ってる等に代表される「客観」というものの見方です。

 

皆さんも普段何気ない日常の中においても、自然とこの2つを場面々々で使い分けながらすごしているのではないかと思われます。

 

どちらも、ものを見極めるうえでは重要な視点であることは間違いありません。

そしてそれぞれには特徴があります。

「主観」は、人が生まれた瞬間から各人にそなわっている感じ方や見え方であって、言わばその人の基本的なアイデンティティーであるといえます。その後、属した環境、出会った人間との交わりで見え方も変化してゆきますが、基本的な部分、つまり出発点はその人の生まれた瞬間の感じ方が、基軸になっていくのだと思います。

 

「主観」の主な特徴としては、他人に意見を伝えるという場面に強かったり、自分に自信を持つ時などはこの主観成分が多く働いていたりしますよね。しかしながら、ほかの人達と共同で何かをしていく場面においては、それをあまりにも強く通しすぎたりすると、他人とぶつかって諍いを起こしやすかったり、集団のなかで空気が読めてないと思われて白い目で見られたり…と、この要素が大きいときはけっこう諸刃の剣的な面も多分にあったりするのが特徴かと思います。

 

では次に「客観」ですが。

これはつまり他人から見た視点ということであり、人が複数名いる状況があって初めて生まれる見方だと言えます。

例えばそこに転がっている石を見て、自分はザラザラで小さいと思ったのに対し、Aさんは焦げた茶色でゴツゴツしていると答え、Bさんは小さいけど表面が二種類あって断面っぽい部分があるから何かのカケラだと答えたとします。

なのでこの石は、「主観」で答えるならば小さなザラザラの石となり、「客観」で答えるならばAさんとBさんの言うゴツゴツした焦げ茶の小さなカケラということになります。さらに、自分も客観視点の一人として加えて更なる「客観」で答えるのであれば、この石はゴツゴツした表面とザラザラの断面がある焦げ茶の小さなカケラということになると言えます。

 

「客観」の主な特徴としては、多数の意見の総合体であることが多いので集団においては正当化され易いものの見方であることや、物事の流れや予測をするうえで自分中心ではなく自分も駒の一つとした大きな視点から見ることができるので、結果を当てやすかったりする事があげられます。しかしながら、客観を強めるということは同時に主観をある程度殺すことでもありますので、やりすぎると自分に対してストレスを抱えてしまったり、みんなと合わせることに手いっぱいで大切な事を見失ってしまったり…と、こちらも「客観」が優れているから良いといったものではなかったりします。

 

普段、人はこの2つのバランスの取り方によって、その人らしい発言や、その人らしい行動、雰囲気なんかを生み出している部分があるのではないかと思いますね。

現在の僕の場合は、50/50か、やや客観が多めですかね…と、自分では思ったりしております。

 

現在の…と書いたように、これらの見方は成長し、変化してゆくものでして、人生におけるその時代々々で「主観」と「客観」のバランスやその相互関係が変わることで、いきなりその人の雰囲気がガラッと変わったりもします。

 

僕が思うに、「主観」はおそらくほっといてもなんだかんだ育っていきます。たまに自分を表に出す人・出さない人によって主観性の強弱が語られたりしますが、その件と「主観」の強さは別問題です。自分を表に出さなくてもその人に「主観」は必ずあります。

まあ言ってみれば自分自身ですので、生きている間はこれとつきあうことになるので、ひとまず敢えてここでは、ほっといても育つと言わせていただきます。

 

おもしろいのは「客観」です。

これは主観とちがって、ほっといても育つものではありません。

その多くは生まれ育った環境や、その後属した環境、そしてそこで出会ってきた人達によって左右されることが大きいです。

 

なので人によっては、他人から意見を聞かずとも相手のしぐさや行動、周囲の雰囲気を見て瞬時に客観できてしまう人が存在してしまうのも事実で、しかし多くの人は、逐一他人から意見を聞いていかないと客観ができてこないというのが普通かと思われます。

 

商売においては、お客様から出てきた声や意見をデータ収集、解析し、客観性を取り入れてセグメンテーションやターゲティングをしてゆくといったマーケティングの手法は、最近では当たり前のようになってきましたね。

 

客観ができてくるとコミュニケーションが円滑にできたり、ものごとがスムーズに進んだりと、社会で生きてゆくためには良さげなことがかなり多いかと思いますね。

 

ですが、良いことづくめに聞こえても落とし穴が無いわけではありません…実の事を言ってしまえばこの「客観」も、実際は他人の視点を取り入れた上での自分の「主観」であるにすぎないということを覚えておくべきだと思います。

 

どういうことかと申しますと、みんなが言っているからこうなる、AさんとBさんがこう言っている…というのは一見すると「客観」のようではありますが、最終的には「みんなが言ってるからこうなる」と思った自分の主観であり、「AさんとBさんがこう言っている」と感じ取れた、自分自身の主観であるからなのです。

収集されたデータも同じです、そのデータ自体は客観だったとしてもそれをどう見て、どう判断できるかは、結局はその時点での自分の主観の成長度合が大きく関わってくるのです。

 

さきほどの石の話もそうです、客観をして「ゴツゴツした表面とザラザラの断面がある焦げ茶の小さなカケラ」と答えを出しましたが、これはあくまで客観的にみんなの意見を総合して出しただけの、僕の「主観」の答え…と取ることもできるのです。

 

つまり客観というものは、自分と違う他人と接して、その人のものの見方を自分に取り入れることで変化してゆく主観の別視点、と言い換えることもできるかと思います。

どういう環境で、どういう人達の意見やものの見方と、どのように接してきたかがその人の「客観視」の根源となり、その経験によって自分の中の「客観」というものの見方は、広く大きく変わってゆきます。

そしてさきほど、敢えてほうっておいても育つと言った自身の主観は、実はその客観視の成長によって手助けされることで、そのつど大きく変化し、成長を遂げてゆくものなのではないかと思います。

 

近年、「空気を読める」という行為が常備スキルとなっていたり、はたまた空気を読めるうえでの「鈍感力」というものが必要であったり、セクハラはもとよりパワハラやモラハラの基準における認識違いなどが多いのも、それは日本という国の発展はもちろんのこと、メディアの在り方の向上や、SNSなどの発達により、1人の人間が一生のうちに様々な人や意見と接する機会が、ひと昔前よりも圧倒的に多くなったことで、その中で生活している現代人が思う「客観」という名の大きな「主観」の集まりがどんどん変化して、猛スピードで成長しているからなのだろうと…僕はそんなふうに考えたりしています。

 

 

さあ、なんだか小難しくて、いつもの様に長くなってまいりましたね・・・・そろそろ収拾をつけなくては(苦笑)

 

とは言え、ここまで書いてきた事が良くも悪くも伏線となってくれておりますが…

つまり僕のものの見方とは、まあ言ってしまえば「ものの見方」ひとつを取ってみても、こうんなふうに捉えてしまい、小難しく表現するあたりに、その特徴的な部分が出ているのではなかろうかと…思います。

僕を解りやすく客観すると、俗にいう面倒くさい人…って結論になるのですかね(汗)

僕らしいですが(苦笑)

 

でもこう生まれて育ってきてしまったからには、今となってはもうこの性格を取り繕う気も、必要以上に卑下する気もありません。

だからと言って、こういった面をひけらかしたいという訳でもございません…ここまで書いておきながらですけどね(汗)

 

ただ願うならば、こんな面倒くさい性分の僕の思いを、3分間の短い詞と素敵なメロディに籠め、歌としてみなさんの心にお届けすることで少しでも伝わることができたならば、こんな幸せなことはないと思っています。

 

どうぞこれからも、OUTLET BANDSの曲を楽しみに待って、聴いてください。

 

 

またまた長くなってしまいましたが、この辺にてそろそろ筆を置かせていただこうと思います。

最後までお読み下さって、本当にありがとうございます♪

では、また第5週目の日曜がある月にお会いしましょう。



 


2018.4.29 小林英樹

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